それ

 

 

盗人に とり残されし 窓の月

 良寛

 

 

 

札幌のホテルに泊まっていました。夜、寝ようとしたけどなんだか寝つきがわるかったです。

夜ごはんのスープカレーを食べすぎました。おいしいスープカレーだったのに、食べすぎて気持ち悪くなると、カレー屋さんでの「おいしい思い出」が翳りはじめました。

「食べ過ぎ」は思い出を穢します。「もったいない」からといって必要以上のものに手を出すと、結局はどこかに「皺寄せ」がくるのです。ぱんぱんに張ったお腹をさすり、自分の臓器から”沸き上がってくる”ものを感じていました。

「それ」はぼくの皮膚の内部で土石流のように流れています。土石流のようではあるけれど、土石流とは反対に、腹部から口腔の方へ上昇してきます。「それ」は海岸から迫り上がってくる「濁流」なのです。

「余計なもの」を詰め込むからこうなるのです。自業自得ですね。

 

寝付けなくて、コインランドリーで洗濯機を廻しながらマッサージ機の上に乗っかってました。

日付を悠に跨いだ深夜、マッサージ機のある部屋には誰もいませんでした。シーンと静まり返っています。静まり返ってはいるけれど、「誰かいますか〜?」と呼びかけると、「返事」が返ってきそうな気配がしていました。

小さな窓の外から、街灯の暖色の光が入っていました。夜で濁った橙の光は、雪の降る街の冷えた部屋を暖めているみたいでした。

橙の光が差し込む部屋は白色電球で照らされていました。白色で人工的に照らされた10畳ほどの空間の中に、2台のマッサージ機が在りました。作業着をきた中年の男性二人が「こんなもんだろ」なんて言いながら設置したかのように、そこに在りました。きれいに揃って、そこに在りました。きれいに揃って、”居心地”が悪そうに、そこに在りました。

窓際には32型ぐらいのテレビがありました。画面越しに誰かが何かを話していました。その話し声のざらつき具合がすこし不快だったのか、テレビから遠い方のマッサージ機に座りました。

 

黒い革張りのマッサージ機に背中を預けて、10階の部屋から持ってきたiPadで昼間に買った『躁鬱大学』を開きました。

左手にコインの投入口がありました。細長くて暗い窪みに、100円玉を3枚入れました。この「窪み」をみると、なんだか「声」が聞こえてきそうです。そのうちここから、さっきの「返事」が聴こえてきそうです。

マッサージ機が動きはじめました。預けていた背中に圧がかかって、ゴリゴリとぎこちなく身体が波打っています。

 

「黒い機械」に背中と300円を預けて、iPadで昼間に買った『躁鬱大学』を読みはじめました。

坂口さんの文章は、滑らかに身体に響いてきます。きっとぼくも坂口さんと同じ「躁鬱人」の性質を持っているからでしょう。「躁鬱人」には、「非躁鬱人」の言語がいまいち理解できないのですが、同じ「躁鬱人」の言語はすんなり理解できるのです。

「躁鬱人」は少数民族ですから、ぼくの観察の範囲内では、普段は息を顰めて暮らしていることが多いみたいです。けれども、少数民族とはいえども学校の教室には少なくとも一人か二人ぐらいはいるもので、わりとフツーに出会えます。

社会に出ても、少ないけれどフツーに出会えます。大抵の場合、教室で「躁鬱語」での交流をした経験がありますから、社会に出て「躁鬱語」を話す人に出会うと、その経験から相手が「躁鬱人」だと理解することができます。

ちなみに、「躁鬱語」はフツーの言語感覚からすると「非言語」に近い言語だと思います。ですから、言葉を介すまえに、相手が「躁鬱人」だと察知する場合も多いと思います。

「だと思います」とか、「と思います」とか、ちょっと歯切れの悪い物言いをしてしまいましたね。ぼくもまだよくわかっていないのです。まだ研究の途中なのです。

それに、ぼくはきっと大なり小なり「躁鬱人」的性質を持ち合わせていますが、「躁鬱人」にも各人に様々な特色があるため、「躁鬱人」全般のことを理解することはもちろんできません。

また、「躁鬱人」的性質とは別のカテゴリーを設けたほうがいいような性質も持ち合わせています。それは言うなれば「分裂人」的な性質とでも言えるでしょう。この話は長くなりそうなので、別の機会に譲ります。

話を戻しましょう。

 

坂口さんの滑らかな文章が効いてきたのか、さっきまで少し不快だったテレビのザラザラした音が、なんだか心地よく響いてきました。

背中もほぐれて、言語感覚もほぐれて、チョー気持ちいい時間です。

 

アタマもカラダも一緒にほぐしながら、窓の外を眺めていました。

橙の光が淡く広がる空間の中で、ただただ、雪が降り注いでいました。

ただただ降り注ぐ雪を、ただただ眺めてしました。

しばらく眺めていると、ふと目頭が熱くなり、だんだん目尻が暖かくなってきました。

目尻を暖めながら、口角をすこしだけ上げて、誰もいない部屋で独り微笑んでいました。

 

きっと、あなたならわかるでしょう。躁鬱人は、ほんの「些細なこと」で感動するのです。

ただ雪を眺めるだけで泣いたり笑ったりする夜があるのです。

非躁鬱人からすれば理解できないほど「些細なこと」で心が波打つのです。

非躁鬱人からすれば「些細なこと」が、「些細なこと」だと思えないのです。

なんて幸せな人たちなのでしょう。

 

躁鬱人は「幸せな人」たちですが、言い方を変えると、「感情的な人」ばかりです。

あまりにもすぐに感情を”吐き出し”、”吹き曝す”こともあるため、非躁鬱人からすれば躁鬱人は「感傷的」で「重い」人間だとされることが多いです。

自分自身に引き付けて考えると、それはまぁ、事実ですね。場違いに感情を「噴出」させた経験が、数えきれないほどあります。

ぼくと同じような経験を何度もしている躁鬱人は多いでしょう。それを気に留めて、感情を表に出さない訓練を積む躁鬱人が多いのも、最近の傾向です。

ぼくは、その傾向をすこし懸念しています。

非躁鬱人である「多数民族」がつくりあげた社会を生き延びる術として、感情を表に出さない「クールな装い」は良いと思います。必要なことですし、立派です。

けれど、その技術に磨きをかけることばかりにかまけていると、それに捉われることがあります。それに捉われると、せっかく天が与えてくれた「幸せを感じる力」が曇ってきます。

それが曇ると、雨や雪が降るまで「渇いた気持ち」を抱えて過ごすことになります。

そして大抵の場合、そのとき自分が「渇いて」いることに気づいていません。

ぼくは最近、そんな感じでした。

 

そのままで幸せでいられるのに、どうして「フツー」になろうとしちゃうのでしょうか。

「フツーのフリ」をするのは、生きるためには「仕方ない」ことでもあります。

たしかに、生きていくために、「装い」は必要です。

でも、本当はこんなにたくさん「装う」必要はないでしょう。

「仕方ない」を言い訳にしすぎてしまいます。

きっと他に「仕方」があります。

幸せを守るための「仕方」を一緒に考えたいです。

どうせ装う必要があるのなら、幸せを守るために「装い」たいです。

幸せを分かち合うために、「装い」たいです。

無意味に「装う」のはいやです。

 

一体いつからこんなに無意味に「装う」ようになったのでしょうか。

何を守ろうとしていたのでしょうか。

それはきっと「大切なもの」だったのでしょう。

大切なものを守ろうとして、「無駄な装い」を増やしていったのでしょう。

でも、そんな「装い」は本当は必要なかったのです。

「そのとき」は必要だったのかもしれませんが、今はもう必要ないのです。

少なくとももう、”装いを変えて”いい頃です。

 

「今の自分」が着たい服を着る。

「今の自分」が装いたいように装う。

衣替えの季節です。

 

あぁ、今日はなんだか「脱線」が過ぎていますね。なんだかガチンコになってしまいました。すみません。

でも、「脱線」こそ、躁鬱人の「本道」なのです。

躁鬱人は、話が”逸れる”とイキイキするのです。

逸れたところにある「本道」が、「本心」への道なのです。

ふらふらすることが、「まっすぐ歩く」ために必要なのです。

 

最後にもうひとつ、余計なことを言わせてください。

 

どんなに装いを新たにしても、どんなに派手に装っても、「それ」は誰にも奪えやしません。

それはずっとそこにあるのです。

それはぼくだけのものだから。

それはあなただけのものだから。

それを、忘れないでください。

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