2022.12.17
昨日の夜、布団の中に入っても寝付けなくて手慰みにiPhoneをいじっていた。
「ふたご座流星群」が観えるというニュースを見つけた。
「ちょうどいい!」と思って、暖かい布団から抜け出した。
近所をぶらぶら歩きながら空を見上げていた。
思ったより街灯がたくさんあって、「これじゃ星が見えなくなるんじゃないか」と、すこし心配になった。
神学校の脇を通り抜けた。
古びた校舎だった。
星を見上げていると、なぜか「キリスト」に想いが寄っていく。
たぶんユングを読んだせいだ。
22時36分。
南の空に一つ。
西の空にもう一つ。
合計二つの流れ星がみえた。
一瞬の出来事だった。
流れ星が天空を過ったその瞬間には、何も感じなかった。
何も感じなかったというか、何かを感じる余地がなかった。
けれど、「何も感じない」ということを感じた気がした。
その一瞬の「何も感じない」時間が過ぎて、そのまま歩いていると、喜びのようなものが込み上げてきた。
少しずつ思いが増してきて、しばらくするとずいぶん気分が高揚していた。
家に戻って着込んでいた防寒着を脱いだあと、暖色の卓上ライトを灯して『ヨハネ福音書』を読んだ。
「聖なる感覚」って、一体なんなのだろう。
よくわからないけど、探究をつづけようとおもった。