2022.11.04
岡山駅から電車に乗った。
6番線に停まっていた「マリンライナー」に乗ると、席はだいたい埋まっていた。
けれど、席が埋まっているといっても、二人掛けの席に一人が座っているのがほとんどだった。
すこし電車全体を見渡したあと、サッカー部っぽいジャージを来た青年の横に座った。
青年にお辞儀をして、手持ちの黒いビニールカバンを足元に収めてバッグを膝の上においた。
姿勢を整えて、すこしボーッとした。
早島駅から茶屋町駅へと走っている途中、外の景色をみたり車内の広告をみたりしていた。
中吊りに「fragile」という文字が記されていた。
弱さ。
「弱さって何なんだろう」と、考えはじめた。
自分が座っている席の前の、乗車扉のまえの開けたスペースに女の人が立っていた。
なんとなくその人が気になってきた。
座ろうと思えば座れるのに立っている彼女は、なにかが欠けているような感じがした。
でも、彼女のもっている「欠如」は、どこか人を惹きつける。
茶屋町駅に着くとガタイのいい男の人が乗ってきて、「欠けている彼女」のところに近づいて寄り添った。
彼らはカップルだった。
彼女は瀬戸内海に向かって進んでいくマリンライナーの中で、彼を待っていたのだ。
進んでいく電車の中で立ち止まって、彼を待っていたのだ。
彼は弛んだ表情で彼女をみつめていた。
彼の表情をみると、「立ち止まって待ちながら進んでいた彼女」の魅力の源泉が見えた気がした。
児島駅に着いた。
「いよいよだな」と、気持ちがすこし昂ってきた。
電車を降りるまえの何十秒間かで、からだの力を丁寧に抜いた。
余計な力を抜いて、からだの感覚を研ぎ澄ましたかった。
これから足を踏み入れる場所の空気を、微細な部分まで取り込みたかった。
彼の「欠片」が残っているかもしれないから。
駅の壁面は、「藍色」で埋まっていた。
駅を出て、青く晴れわたった空を長めに眺めた。
雲がゆっくりと蠢いていた。
歩きながら、しばらくぼんやりと景色を眺めていた。
白い雲に、一瞬、なにかが宿った。
白龍。
それは龍だった。
川のような龍。
「やっぱりここにいたんだ」と、思った。
5分ぐらい歩いて、「膳」という料理屋に着いた。
「ケンハウス」という会社のお店らしい。
カウンター席に座った。
うす暗いカウンター席で、無愛想な親父の握ったうまくもまずくもない寿司を、おいしく頂いた。
なんだかホッとする味だった。