2022.10.09
夜の露を払って 花は咲いていくもの
『果てなく続くストーリー』 MISIA
涙を払って 人は行くもの
過ぎた思い出達が 優しく呼び止めても
私はあなたの戸を叩いた
今日の気温は13℃。
10月の雨は冷たかった。
雨に打たれながら夕刊を配った。
夕刊後に店でミーティングがあった。
17時過ぎに夕刊を配り終わった。
18時のミーティングまでのあいだの時間に、「配達中に雨で濡れた体が凍えるんじゃないか」と心配していた。
配達中、ふとMISIAの歌声が頭の中に降ってきた。
鎌倉に友達と三人でドライブに行ったとき、帰り道にずっとiPhoneから流れていたMISIAの歌声。
『果てなく続くストーリー』
震える声が内面で唸り始めたから、アプリを開いて検索した。
思うところあって、”プレイリスト”から消していた曲だった。
今日のミーティングでは「大事な話」をすると所長がいっていた。
大事な話ってなんだろうと思って気になっていた。
誰かが辞めるとか、誰かが移動するとか、そういう話かと思っていた。
けれども、そういう話ではなかった。
東京都の最低賃金が上がるらしい。
それに伴って僕たちの給料もすこし上がるということだった。
4100円アップ。
「そんなことか」と思った。
嬉しい話だけど、「そんなことか」と思った。
家の風呂で体を温めることばかり考えていた。
シャワーノズルから放たれる線状の湯水。
それが背中に当たるときの感触。
ジャー、ジャー、という音。
「大事な話」を聞いたときの情感は、背中を打つシャワーみたいだった。
風呂から上がって、洗濯機を回した。
ゴオゴトと言いながら、雨で重くなった洗濯物たちが水の中でグルグル回っている。
洗濯物が回っている46分間、机の上で本を読んだりした。
46分後、洗濯機の蓋を開けた。
「しまった」と思った。
間違えて新聞紙を洗濯してしまった。
紙屑が洗濯物にふりかかって、まだら模様の衣装みたいになっていた。
重く濡れた衣服を脱いでシャワーで気分が軽くなったのに、またもや気分が重くなった。
本日2回目の雨。
今日は眠たいから、明日の朝起きてから処理しようと思った。
洗濯機の蓋をとりあえず閉めて、洗面所の電気をそっと消し、布団に入った。
次の日の朝、洗濯機の横の水道で顔を洗いながら「どうしようかなぁ」と考えた。
「どうにかしろよ」と、”誰か”に言いたい気分だった。
一旦リビングに戻って本棚を漁った。
ホッファーの自伝を手に取った。
新聞の紙屑でまだら模様になった洗濯物を見て、そろそろ新聞配達も辞めどきだなと思った。
ずっと同じ場所で新聞紙を届け続けるわけにもいかないと思った。
同じところをグルグル回り続けるわけにもいかない。
都市労働者としての退屈な日々、紙屑同然の死んだような日々。
もう、”底辺労働”からはおさらばした方がいいんだと、洗濯機の中の雪のような新聞紙が訴えていた。
そんな気がした。
食事をとると、一本の道———どこへ行くのか何をもたらすのかわからない、曲がりくねった終わりのない道としての人生———という考えが、再び頭に浮かんできた。これこそ、いままで思いもよらなかった、都市労働者の死んだような日常生活に代わるものだ。町から町へと続く曲りくねった道に出なければならない。それぞれの町には特徴があり目新しく、それぞれが最高の町だと主張して、チャンスを与えてくれるだろう。私は、それをすべて利用し、決して後悔しないだろう。
私は自殺しなかった。だがその日曜日、労働者は死に、放浪者が誕生したのである。
『エリック・ホッファー自伝 構想された真実』 エリック・ホッファー