白い部屋

 

 

 

白雪は

幾重も積もれ

積もらねばとて

たまぼこの

道踏み分けて

君が来なくに

 

良寛

 

 

 

新しい職場でのオリエンテーションをすませて、バスの待っている駐車場へ向かいました。ホテルの前には焚き火がありました。炎が、雪の中で燃えていました。

こんこんと燃えさかる炎を傍に、駐車場へ続く坂道を登りました。雪で地面が凍っていました。

ゆっくりと、足下をたしかめながら坂を登りました。

 

家の前でバスから降ろしてもらい、今日から一緒にすむ2人のルームメイトと玄関の鍵をあけ、中に入りました。

玄関を開けると、そこにも真っ白な空間がひらけていました。白を基調とした家だったのです。

「うわー、きれいやん!」なんて言いながら、新しい家がきれいだったことを喜んでいました。

自分の部屋に荷物を置きました。白を基調とした部屋には、入り口の扉を開けて右側の壁面にだけ緑が描かれていました。白の背景に、たくさんの葉っぱが壁を埋め尽くしていました。

自分とじっくり向き合うには、ちょうど良い部屋です。

 

どれだけ自分と向き合えるか。

人は結局、自分と向き合った分だけ根を伸ばすのだと思います。

自分と対話した分だけ、世界と語り合えるのだと思います。

世界と深く語り合うこと。

あなたと語り合うこと。

これよりたのしいことは、きっと他にないでしょう。

 

最初の夜ごはんは、キムチ鍋と寿司でした。

ルームメイトのユウタが鍋の準備をしてくれている間に、もうひとりのルームメイトのシドウと近くのスーパーに買い出しに行きました。

買い物をすませてシドウと家に帰ってくると、2階のリビングから藤井風の歌声が聴こえてきました。

ユウタは藤井風をよく聴くらしく、このときは『』を流していました。

ぼくも伊豆高原で生活していたときの終盤に藤井風をよく聴きました。伊豆高原のダイソーで買い物をした日に『ガーデン』を何度も繰り返し聴いていて、その日のことを思い出しました。

”新しい家”の階段を登りながら”新しい友人”が流していた藤井風を聴いたとき、伊豆高原で感じた「風」を思い出しました。

 

伊豆高原のダイソーは、「味のしなくなったガム」みたいな場所です。

ダイソーのエスカレーターを降りながら、そんな風に感じていました。

 

もう味がしないのに、「ゴミ箱」がないから惰性で噛み続けている。

捨てるタイミングがないから、惰性で噛み続けている。

けれど、「味がしない」と思っていたのに、そこには「何か」がありました。

噛み続けていると、かすかな”味わい”があることに気づきました。

「捨てるタイミング」を見失っているだけだと思っていたけれど、ほんとは捨てられなかっただけなのでしょうか。

味気のない味。

それは、優しい味わい。

 

100円のアロマキャンドルを買い終えて、エスカレーターを降りていました。

周りには、目立たない汚れでくすんだ白い壁がありました。

その白い壁は、やけに冷たくみえました。

けれど、その「冷たい壁」が綺麗にみえました。

すこし汚れているけど、その「白い壁」は綺麗でした。

きっと、本当は”汚れ”てなんかいないのです。

汚れてなんかいないけど、汚れている。

汚れているけど、汚れていない。

だから、綺麗なのです。

 

伊豆高原のダイソーは「味気ない優しさ」を感じさせてくれる場所でした。

綺麗な場所でした。

 

「白い壁」に囲まれたエスカレーターを降りて出口の自動ドアを出ました。

車が右から左へ、左から右へ行き来しています。

アスファルトで擦れていくタイヤの音がしました。「鳴き声」みたいな音でした。

アスファルトで擦れて、鳴いているみたいです。

それは、たのしそうな鳴き声でした。

 

たのしそうに鳴いている車をボーッと眺めていると、生温い「風」が吹いてきて、肌に触れました。

どこか味気ない風でした。

味気のない風だったけれど、それは優しい風でした。

とても優しい、秋の風でした。

 

夜が秋を呼んで

私は旅に出て

素敵な出会いだけ

待っていて その日まで

ガーデン』 藤井風

  

 

二階のリビングで、キムチ鍋と寿司を3人で囲んでいました。

新しい友人たちは、なんだか賑やかで穏やかでした。

明るいけれど、暑苦しくはない。

冷静だけど、冷めてはいない。

ただの印象だけど、うまくやっていけそうだと思いました。

これから、賑やかで穏やかな日々が始まりそうです。

 

部屋がすこし暑くなってきて、窓を開けました。

窓をあけると、白い雪が風に乗って入ってきました。

夜の中から入ってくる雪。

白い床に着地する白い雪。

夜の雪が、あつくなった部屋を冷ましていました。

白い部屋を、やさしく冷ましていました。

冬の風に乗って、やさしく冷ましていました。

 

 

だから冬よおいで

私を抱きしめて

その手の温もりで

生きさせて 溶けるまで

ガーデン』 藤井風

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