谷の秘密

2022.10.03 

 

 

Tonight light cruzing 指輪の跡 首筋のライン

忘れたいと覚えておくの間を 月と歩く

微熱』 UA

 

 

 

昼前、11時ごろに目を覚ました。

「睡眠」と呼ぶのか「仮眠」と呼ぶのかわからない眠りからの目覚め。

眠ることはすべて「仮」のものだとも思えるけれど、”本当”の眠りと”仮”の眠りに分けて考えることがフツーのことになっている。

 

夜のフツーの睡眠のときには、マットレスとそのカバーを床に敷いて眠る。

けれど今日の朝の仮眠のときは、フローリングの上でそのまま横になった。

薄いタオルケットを羽織って。

 

仮眠から目を覚ましたとき、なんとなく「寝不足だなぁ」と思った。

もっと寝ていたいと思ってウダウダしていたけれど、「起きて何かをしなきゃいけない」ような気もした。

 

iPhoneを手に取ってYouTube Musicをタップした。

ホーム画面に出てたUAの『微熱』を流した。

ゾワッとした。

フローリングに触れていた肌が騒めいた。

寝起きの体を冷やす床の温度が掻き乱されていく感じ。

さすがUA。

 

「起きて何かをしなきゃいけない」ような気がしていたのだけど、それは間違いだった。

本当は、「起きて何かをしたい」と思っていたのだ。

 

学大方面に向かって歩いていた。

白いロンTの袖を少しまくった。

陽の光はけっこう強いけれど、風がすこし冷たい。

手首に巻いている黒のG-SHOCKを見た。

時刻は11時30分。

袖口に隠れていた時間の進行。

昼前の学大のコンクリートは、なんだか明るかった。

 

「いきなりステーキ」にきた。

店員さんが「ご注文お決まりになりましたらお呼びください」と言いながら、水を持ってきてくれた。

もう決めていた。

「イチボコンボ」を単品で頼んだ。

ステーキとハンバーグの共演。

 

最近、いきなりステーキばっかりだ。

何を食べるのかを考えるのが面倒になると、ついついいきなりステーキを食べる。

本当はそんなにステーキが食べたいわけじゃないのに。

本当はそんなに食べたいわけじゃないから、ステーキを一口か二口食べると「やっぱり違ったな」と思う羽目になる。

けれども”その一口か二口”を食べる前には、”その一口か二口”が欲しくてどうしようもないような感覚が渦巻いている。

「違うと思うけれど違くない」という感覚に翻弄されながら、時間が積み重なっていく。

感覚がグチャグチャに練り込まれていく。

ゴツゴツしたハンバーグみたいな感情の塊。

 

ステーキを食べてすぐに「違ったな」と思うだろうことは、事前にほんのり予想できていた。

意識がそういう気配をなんとなく感じ取って、注文を決めるときに、ステーキ単体ではなくハンバーグとのコンボを選んだのだろう。

 

ぬるくなった微熱の鉄板に乗っかった二つの肉塊。

イチボステーキの隣に”ズドン”と置かれたハンバーグは、「捏ね上げられた意識」みたいな形をしていた。

 

いきなりステーキを出て、口の中に残った「肉の感覚」を溶かすためにガムが食べたいと思った。

駅の改札の向こう側を見ると売店がある。

売店で買うとなると現金を使わなきゃいけないかもなぁと思ってパスした。

もう少し先まで歩いて、ファミマで「梅ガム」を買った。

 

電車を待ちながら梅ガムを噛んでいた。

マスクの中に梅の匂いが広がっていくのがわかる。

梅の木の香りではなくて、「工場」でつくられた梅の匂い。

線路の茶色っぽい鉄を見ていると、「梅ガムがつくられている工場にもこんな色がたくさんありそうだなぁ」と思った。

 

渋谷駅で乗り換え。

銀座線。

銀座線のホームの屋根は緩やかなM字型だった。

谷のような形。

 

谷。

それは山間の窪んだ空間。

山の神秘が放り込まれている空間。

いろんな「秘密」が行き来しているような気がした。

すました顔で電車を乗り降りしている人たちの秘密も、きっと銀座線の谷に放り込まれているんだろう。

 

外苑前で降りて「ブッククラブ回」に行った。

ずっと行きたかった本屋さん。

青山の裏通りの地下にある小さなお店。

都会の谷。

ここにはたくさんの神秘が埋まっている。

本を二冊買って、すこしだけ「世界の秘密」を覗くことにした。

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