鳳蝶の注文

 

 

 

朝の9時半ごろだった。

簡易書留で送る予定の封筒を片手にもちながら家から郵便局までの道を歩いた。

ピンピンに晴れた住宅街を歩いていると小学生のころにテレビでやっていた「ビフォーアフター」を思い出した。

引っ越したばかりの時期はまだ通ったことがない道を歩くのが楽しい。

「未知なる道」は、”近所”にもたくさん散らばっている。

  

郵便局をでて駅に向かった。

駅前の通りを歩いていると、「鳳蝶」が並んだ店の前をヒラヒラと舞っていた。

右手の通りに沿っていく「鳳蝶」に見惚れながら、左手の店のなかの壁面にあるメニュー板にチラッと目をやった。

「フルーツカクテル」という文字が飛び込んできた。

「これは鳳蝶の注文なのかも」と思った。

  

上野毛駅の改札をでて、「五島美術館までの道を調べなきゃ」と思いながらバッグから水筒をとりだして水を飲んだ。

”喉の渇き”を感じながらGoogleマップを開いた。

駅前の通りを左にまっすぐ行って、右。

それでたどり着く。

 

駅のまえで、5人ぐらいの年齢も性別もおそらく職業もバラバラなグループが集まって何かを話していた。

個々の印象はバラバラでも、どこか同じ場所を目指しているとその集団の印象は整う。

「きっと彼らはバラバラのまま一つになるだろう」と思った。

  

美術館に向かって歩いていると自分と同じような方向に向かう人が何人かいて、「あぁ、きっと同じ場所に向かっているんだろうな」と思った。

  

美術館についた。

さっきの道で同じ方向に向かって歩いていた人は来なかった。

同じ場所に向かって歩いたんじゃなかったのか、と思った。

 

同じ場所ではないけれど、同じ方向に向かって歩いた。

場所は違っても、進む方向は合っていた。

鳳蝶ならきっとそれを喜び、ヒラヒラ舞ってくれるだろう。

 

愉快な時間だった。

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