2時20分に店に着いた。
店に到着したとき、友だちがタバコを吸っていた。
自転車のライトがそこにいた友だちに当たった。通勤の道のりを照らしていた自転車のライト。
目を細めながら「眩しい」と言った友だち。笑いながら「ごめん」と言ったぼく。
そのとき、頭上のどこかから甲高い音が鳴り響いていた。
ぼくは友だちに「なんか鳴ってるなぁ」と言った。
誰に言ってるのかわからないようなトーンで言った。
言葉をそこら辺に放り投げるように言った。
火災警報器みたいなキリキリする音だった。
でも、冷静に聴いているとおそらく目覚まし時計の音だろうとわかった。
ただ、それがどこから鳴ってるのかわからなかった。
昼の太陽を直視したときみたいな感覚になった。
頭がクラクラする音だった。
今日も野球の夢をみた。
最近、野球の夢を見ることが多い。
最近の夢はいい感覚を与えてくれる。
グラウンドの土の匂い、仲間の息遣い、バットとボールがぶつかるときの甲高い金属音。
その夢は、一瞬にして消える夢だった。
裏も表も魅せながら舞う花びらのように、一瞬にして消えていった夢。
今日の睡眠時間は3時間半ぐらいだった。
気分が高揚していた。夢から目覚め、顔を洗って本を読み、自転車で店に向かい、準備をして配達をする。
いつものルーティンに身を委ねていると、徐々に「陶酔感」が自分の内側に浸透してきた。
配達中は眩暈がした。
眩暈がしながら、「きっとあの目覚まし時計の音は、アルプススタンドから鳴り響いてくるエールだったのだ」と思った。
配達中、トーマス・マンの『ヴェニスに死す』を聴いていた。
本棚に未読の文庫本があるけれど、Audibleでみつけて聴きたくなった。
主人公のアッシェンバッハの目眩く思索と、今朝の陶酔感のある流れが相まって、「渦の中心」にいるような孤独を感じた。
それはたぶん、ピッチャーの孤独だ。
4つのベースの真ん中。ダイヤモンドの中心の小さな丘の上でホームベースを見つめる男。彼は孤独の渦中にいる。甲高い声援、トランペットと太鼓の轟音、砂塵の舞。すべては彼の孤高を讃える。孤高への讃歌が彼の背中に届き、彼の全身がそれを編曲する。錬成されたエネルギーが彼の指先から放たれ、ホームベースの向こう側に向かっていく。キャッチャーミットがそれを包んだとき、グラウンドは夜の静寂で満ち、唸る。