TUGUMI

 

 

 

私達はいろんなものを見て育つ。そして、刻々と変わってゆく。そのことをいろんな形で、くりかえし思い知りながら、先へ進んでゆく。それでも留めたいものがあるとしたらそれは、今夜だった。そこいら中が、これ以上何もないくらいに、小さくて静かな幸福に満ちていた。

TUGUMI』吉本ばなな

 

 

 

ばななさんの小説を読むと、「あぁ、自分はここに来たかったんだ」と、なんども思う。

自分の中に確かにあるのだけど、たどり着けなくなっていた場所。

そういうところに連れてってくれる。

 

生活していて、「なんか違うな」と思うことが増えているとき、だいたいその「隠れてしまった場所」から遠く離れてしまっている。

隠れてはいるけれど、それが「どこかにある」ということは分かっている。

そういう状態のときに、「なんか違うな」という思いがポンポンポンポンわいてくるようになる。

そういうときは、「元の場所に帰れ」という合図なんだと思う。

 

その合図をキャッチして、うまく帰ることができればいいけれど、これが難しかったりする。

そこに帰るための方法は色々あるけれど、小説を読むのはその一つだと思う。

 

TUGUMIを読んで「救われたな」と思った。

その救いというのは、「帰るのを手伝ってもらったな」という感覚に近い。

 

解説のインタビューで、ばななさんが「優しさ」について言及していた。

 

 

———「優しさ」を書いていないとは、どういうことですか。
吉本 登場人物はみんな冷淡だし、人間というものを一つも描いていませんから。
———それでは、ばななさんは、必ずしも人生について肯定的ではないんだ。
吉本 ええ、むしろ否定的です。あまりにも否定しているので、せめて小説ではそれを救うようなものを書きたいと思っているんです。否定的な人間が否定的なことを書いてもしょうがないですから。子供の頃から読後感の悪いものってあまり好きじゃなかったので、自分もそういう意味では、ある種のハッピーエンドを絶対書くと決めているんです。
———それでは、ばななさんの考えている「優しさ」とは何ですか。
吉本 やっぱり「献身」みたいなことだと思います。

 

 

 

徹底的に人生を否定するからこそ湧き出てくるもの。

そういうものを信じている。

単なる否定でもなく、単なる肯定でもないかたちの優しさ。

そういう優しさは、とことん落ちたあとに出てくるものだ。

落ちたところから昇ってくるものは、美しい。

 

人は、優しくなるために、落ちたり昇ったりを繰り返す。

美しくなるために、落ちたり昇ったりを繰り返す。

そう考えると、なんだか温かい気持ちになった。

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